昨今は「終活」の一環として、遺言書を書く方も増えています。遺言書があるとスムーズに相続手続きを進めることも可能ですが、遺産を受け取る方(相続人・受遺者など)の状況によっては、遺言内容の実現までに時間がかかるかもしれません。
実は遺言内容を実現する役割を担う「遺言執行者」という制度が存在し、これを活用することで遺言内容を速やかに実現できることをご存知でしょうか。この記事では遺言執行者を選任するメリット・選任方法をわかりやすく解説していきます。

目次

遺言執行者とは

遺言執行者の役割

遺言執行者の通知義務について

遺言執行者がやることの流れ

1.就職通知書を送付する

2.遺言書の写しを送付する

3.相続人・相続財産調査

4.相続財産目録の作成と交付

5.遺言事項の執行と完了報告

遺言執行者になれる人

遺言執行者の決め方

1.遺言者本人が指定する

2.相続人が遺言執行者を家庭裁判所に申立する

遺言執行者は必ず選任しなければならない?

遺言執行者を選任するメリット

遺言執行者を選任するデメリット

遺言執行者を選任したほうがいいケース

相続人に負担をかけたくない場合

子どもを認知する場合

相続人が法律的対応に不慣れな場合

相続人廃除・取消をしたい場合

遺言執行者に関するよくある質問

遺言執行者と相続人は同一人物でもよい?

遺言執行者の選任は拒否できる?

遺言執行者の解任方法は?

遺言執行者の辞任方法は?

遺言執行者は専門家に依頼するのがおすすめ

公平性が保たれトラブルになりにくい

煩雑な相続手続きを任せられる

選任された相続人の精神的負担が無くなる

遺言執行者の報酬・専門家に依頼した場合の費用

まとめ

遺言執行者とは

遺言執行者は民法1012条で「遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」とされています。つまり遺言執行者は、遺言内容を実現するためにさまざまな手続きを行う権利を有しているとともに、遺言内容を実現する義務も負っているということです。
そもそも遺言書が開封され、その内容を実現しようとするとき、遺言書を書いた方(遺言者)は亡くなっています。つまり遺言内容を、遺言者本人が自分で実現することはできません。しかし、人生最後の遺志が確実に実現されるかどうか、心配になる方も多いでしょう。そのため遺言内容を実現するための権利義務を「遺言執行者」に託し、死後に備える制度があるのです。
遺言執行者が遺言内容を執行することは、たとえ相続人といえども妨げません。つまり「遺産の一部を自分が支持する団体に寄付する」など、相続人にとって不利になる遺言内容であっても、遺言執行者を指定しておけば確実に実現してもらえるのです。(このような場合、相続人から遺留分を請求される可能性はあります)
なお、この遺言執行者は弁護士などの専門家が就任するとは限らず、遺言書で相続人の一人が指定されていることもあります。そのため親族が遺言書を残している場合、だれもが遺言執行者になる可能性があるのです。

遺言執行者の役割

遺言執行者の役割は「遺言内容を実現すること」ですが、具体的には次のような役割に細分化できます。

役割概要
相続財産の管理遺言内容を実現するまで、相続財産を適切に管理する
遺言の検認自筆証書遺言・秘密証書遺言の場合、検認を申し立てる (公正証書遺言・保管制度を利用した自筆証書遺言は不要)
相続人調査・通知すべての相続人を確定させ、通知する
財産目録の作成相続財産の目録を作成し、相続人に交付する
預貯金の払い戻し・分配預貯金を遺言内容に従って分配する
不動産の登記申請手続き不動産を遺言内容に従って登記する
各種財産の名義変更各種財産(株式・自動車など)を遺言内容に従って名義変更する
保険金受取人の変更保険金の受取人が遺言書で変更されている場合には、保険会社に通知する (保険金請求はできない)
寄付遺言書の指定に従って寄付する
遺贈遺言書の指定に従って受遺者に財産を分配する
認知被相続人の子どもの認知手続きを進める
廃除家庭裁判所に廃除の申立をする

これらが遺言執行者として対応しなければならない役割の代表例です。なお、これらすべてに対応するとは限らず、あくまでも遺言書で指定されている事項についてのみ対応します。

遺言執行者の通知義務について

遺言執行者が必ず対応しなければならないこととしては、「すべての相続人への通知」が挙げられます。かつては相続人へ通知せずに遺言執行業務を進められましたが、これにより相続人が遺言内容・財産内容を知ることができず、遺言執行者と相続人がトラブルになってしまうことがありました。
このようなトラブルを防ぐため、2019年の民法改正で遺言執行者には相続人への「通知義務」が追加されました。通知先は遺言書で指定されているかどうかに関わらず、相続人全員とされています。遺留分がない相続人(兄弟姉妹など)に対しても通知する必要があるため、注意してください。また、通知すべき時期は次のとおりです。

  • 遺言執行者に就任したとき
  • 相続人から請求されたとき
  • 遺言の執行が終了したとき

とくに遺言執行者が任務を開始したタイミングでは、「遺言書の内容」と「遺言執行者に就任したこと」を遅滞なく通知しなければならないとされています。

遺言執行者がやることの流れ

それでは、遺言執行者に就任したときの流れについて見ていきましょう。

  1. 就職通知書を送付する
  2. 遺言書の写しを送付する
  3. 相続人・相続財産調査
  4. 相続財産目録の作成と交付
  5. 遺言事項の執行と完了報告

それぞれのステップごと詳しく解説します。

1.就職通知書を送付する

まずは通知義務に従い、遺言執行者に就任した旨を記載した「就職通知書」を相続人に送付します。なお、たとえ遺言書で指定されていたとしても、遺言執行者に就職するかどうかは「指定された方」が判断できることも覚えておきましょう。

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2.遺言書の写しを送付する

先述したとおり、遺言執行者は相続人に対して「遺言書の内容」も通知しなければなりません。そのため就職通知書とあわせて、遺言書の写し(コピー)も送付します。

3.相続人・相続財産調査

遺言執行者は、すべての相続人に対して「財産目録」を交付しなければなりません。相続人を確定させるためには、被相続人が生まれてから亡くなるまですべての戸籍を読み解く必要があります。また、相続財産を確定させるためには、「預貯金の残高証明書」、「不動産の名寄帳」などを集めなければなりません。慣れていない方にとっては手間のかかる作業であるため、弁護士など専門家に協力してもらうことも視野に入れましょう。

4.相続財産目録の作成と交付

相続人・相続財産を把握したら、財産目録を作成し、それぞれ交付します。財産目録に決められた様式はありませんが、財産内容が誤解なく伝わるよう注意してください。

5.遺言事項の執行と完了報告

財産目録を交付したら、遺言書で指定されている事項を執行します。無事に執行を終えたら相続人に完了報告を通知し、遺言執行者としての役目は終了です。

遺言執行者になれる人

遺言執行者になれる人は非常に幅広く、遺言が効力を発生する時点(遺言者が亡くなった時点)で「未成年者」「破産者」に該当しなければ、だれでも就職できることが特徴です。つまり弁護士・司法書士などの専門家を指定できますし、長男・長女・配偶者など相続人の一人を指定することもできます。

遺言執行者の決め方

遺言執行者の決め方には次の2通りが存在します。

  • 遺言者本人が指定する
  • 相続人が遺言執行者を家庭裁判所に申立する

それぞれ詳しく見ていきましょう。

1.遺言者本人が指定する

遺言者本人が、遺言書のなかで遺言執行者を指定しておけば、その人が遺言執行者となります。この方法がもっとも簡単だといえるでしょう。なお、指定する人の合意がなくとも遺言書に記載することは可能ですが、突然指定されると大きな負担を与えることになるため、現実的にはあらかじめ了承を得ておくことが推奨されます。

2.相続人が遺言執行者を家庭裁判所に申立する

次のようなケースに該当する場合、相続人が家庭裁判所に対して遺言執行者の選任を申し立てられます。

  • 遺言書に遺言執行者の記載がない
  • 遺言書で指定されていた人が就職を断った
  • 遺言書で指定されていた人が死亡していた

なお、この場合も、やはり「未成年者」「破産者」に該当しなければ、だれでも遺言執行者の候補者として申し立てることが可能です。

遺言執行者は必ず選任しなければならない?

遺言執行者は、必ず選任しなければならないものではありません。「遺言執行者を指定していない遺言書は無効になる」ということもないため安心してください。ただし、次の遺言事項がある場合は、遺言執行者が不可欠とされています。

  • 相続人廃除
  • 廃除の取り消し
  • 認知
  • 一般財団法人の設立

これらを遺言書に記載する場合は、遺言執行者についても指定しましょう。また、もしこれら遺言事項が書かれているにも関わらず、遺言書内で遺言執行者が指定されていないとしたら、相続開始後に相続人が家庭裁判所へ「遺言執行者の選任」を申し立てなければなりません。遺言執行者が必要な内容かどうかわからない場合は、弁護士に相談してみてもいいでしょう。

遺言執行者を選任するメリット

遺言執行者を選任することには、多くのメリットがあります。まず記事前半でも触れたとおり、遺言内容を実現しやすくなることは大きなメリットです。一部の相続人に不利になる内容を記載していたとしても、遺言執行者が粛々と実現してくれます。
なお、実は遺言書を作成していても、すべての相続人が同意すれば、遺産分割協議により遺言書と異なる内容で相続することも可能です。しかし遺言執行者が選任されている場合、遺言内容と異なる相続をするには、遺言執行者の同意も必要となります。そのため遺言執行者を指定しておけば、遺言内容の実現性がより高まるといえるでしょう。
また、遺言執行者を指定しておけばスムーズに相続手続きを進められます。たとえ遺言書を残しておいたとしても、金融機関などでの相続手続きは相続人同士が協力しなければならない場面がありますが、遺言執行者がいれば単独で手続きを進められます。不動産の相続登記も、遺言執行者なら単独で進められるため、相続人の負担が減ることもメリットだといえるでしょう。
また、相続人ではない第三者、たとえば弁護士などを遺言執行者に指定しておけば、相続人同士のトラブルを防ぐ効果も期待できます。遺言書の内容によっては、相続人同士で感情が対立する場面もあるかもしれません。しかし遺言執行者が第三者として手続きを進めていく場合は、このような対立が避けやすいといえるでしょう。(ただし、遺言執行者は相続人の一人を指定することも可能です。この場合は、他の相続人が不満を持つケースもあるため注意してください。)

遺言執行者を選任するデメリット

遺言執行者を選任することそのものに、大きなデメリットはありません。強いて挙げるとすると、第三者の専門家を遺言執行者として指定する場合、その執行時には報酬が必要となります。(報酬相場については記事後半で詳しく紹介します)

遺言執行者を選任したほうがいいケース

必ずしも遺言執行者を選任せずとも、遺言内容を実現することは可能です。しかし、可能であれば遺言執行者がいたほうがいいケースや、先述したとおり遺言執行者でなければ対応できない業務もあることは知っておきましょう。いくつか例を紹介します。

相続人に負担をかけたくない場合

やはり相続人に負担をかけたくない場合、遺言執行者を指定することをおすすめします。遺言書がない場合と比べると、遺言書がある相続手続きは比較的スムーズに進むケースが多いです。しかし、遺言内容の実現のためには金融機関・法務局などで多くの手続きが必要となるため、少なからず手間がかかります。
また、どの相続人が遺言内容に沿って手続きしていくかまとまらず、相続人同士で押し付け合いになる可能性もゼロではありません。遺言執行者を決めておけば、明確にその方が手続きを進めることになるため、話し合いによる感情のもつれを防ぐ効果も期待できるでしょう。

子どもを認知する場合

認知とは、婚姻関係にない男女間に生まれた子どもを、父母が「自分の血縁上の子どもである」と認める手続きのことです。(母子は判例により産まれた時点で法的な親子関係が発生するため、実務的には父子関係を認めることを指すケースが多いです)
認知は役所に認知届を提出することで成立しますが、遺言による認知も認められています。そもそも婚姻関係のない男女間、たとえば内縁夫婦の子の場合、認知していなければ、父と子の間には法的な親子関係がありません。非嫡出子としても扱われないため、たとえ本当に血がつながっていたとしても、相続人になれないのです。
もし何らかの事情があり、生前に認知していなかったとしても、遺言書で認知すれば、その子も相続人として扱われます。遺言認知は非常に重要な手続きだといえるため、遺言執行者でなければ執行できません。(なお、遺言認知する場合、遺言執行者は就職の日から10日以内に届出なければなりません)

相続人が法律的対応に不慣れな場合

遺言書さえ残しておけば、その内容に沿って相続人自らが相続手続きしていくことも可能です。しかし相続手続きは法律的なことが多く関わってくるため、不慣れな方にとっては大きな負担となるでしょう。正しく手続きできず、次の相続のときに問題が発生する可能性もあります。そのため相続人が法律的対応に不慣れな場合は、弁護士など相続手続きに詳しい専門家を遺言執行者として指定しておくと安心です。

相続人廃除・取消をしたい場合

相続人廃除とは、特定の相続人を除外する制度です。遺留分を持った相続人の「相続権」を奪う制度だともいえます。このように相続人廃除は他人の権利を奪う重大な手続きであるため、一定の条件を満たさなければ認められません。主な条件は、次のとおりです。

  • 被相続人に対して虐待・重大な侮辱を加えた
  • その他の著しい非行があった

廃除が認められる相続人の具体例としては、親を虐待していた子ども、不貞行為を繰り返した配偶者などが挙げられます。これらの条件に該当し、なおかつ家庭裁判所が認めた場合に限り、相続人廃除は成立することが特徴です。
この相続人廃除は、被相続人本人のみが申し立てられます。存命中なら自分で家庭裁判所へ「生前廃除」として申し立てられますが、何らかの事情で手続きできないこともあるでしょう。そのため、死後に備え、遺言書で廃除を申し立てる「遺言廃除」も認められています。遺言廃除するためにも条件がいくつかありますが、いずれにしても、廃除の申し立ては遺言執行者が実施しなければなりません。
そして、相続人廃除は取り消すことも認められています。たとえば素行不良の子どもを廃除していたものの、改心して和解したため、相続人に復帰することも可能なのです。この「相続人廃除の取り消し」についても、やはり家庭裁判所に申し立てなければならず、遺言書によって意思表示することもできます。「廃除」も「取り消し」も、相続人に対して大きな影響を与えます。そのため、遺言執行者でなければ手続きを進められないことは覚えておきましょう。

遺言執行者に関するよくある質問

遺言執行者は便利な制度ですが、わかりづらい点も少なくありません。ここからは遺言執行者制度に関してよくある質問と、その回答を見ていきましょう。

遺言執行者と相続人は同一人物でもよい?

遺言執行者は、遺言が効力を発生する時点で「未成年者」、「破産者」に該当しなければだれでも就職できます。そのため、遺言執行者と相続人は同一人物でも問題ありません。たとえば、「長男Aを遺言執行者に指定する」などと記載することも可能です。

遺言執行者の選任は拒否できる?

遺言書内で遺言執行者に指定されていたとしても、就職するかどうかは自由に判断できます。拒否する場合も、相続人に対してその旨を伝える必要があることは知っておきましょう。

遺言執行者の解任方法は?

遺言執行者が手続きをまったく進めていないケースなどに該当すれば、解任することも可能です。解任したいときは、「遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所」に申し立てます。

遺言執行者の辞任方法は?

遺言執行者を引き受けたものの、何らかの事情で業務遂行が困難になることがあるかもしれません。遺言執行者は、辞任することも可能です。この場合も「遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所」に辞任許可を申し立てます。

遺言執行者は専門家に依頼するのがおすすめ

遺言執行者は相続人が就職することも可能ですが、現実的には専門家に依頼したほうがいいでしょう。専門家に依頼すべき理由について、いくつか紹介します。

公平性が保たれトラブルになりにくい

相続人の誰かが遺言執行者となると、たとえ遺言内容を忠実に守って手続きしているとしても、他の相続人が不満を持つ可能性があります。第三者である専門家に依頼すれば公平性が保たれ、長期的に見たときにトラブルになりにくいことはメリットだといえるでしょう。

煩雑な相続手続きを任せられる

遺言執行業務は法律的な手続きとなるため、少なからず手間がかかります。弁護士など相続手続きに慣れている方に依頼すれば、煩雑な相続手続きを一括して任せられるため安心です。

選任された相続人の精神的負担が無くなる

遺言執行者として相続手続きの責任を負うことは、精神的負担ものしかかります。故人を静かに悼みたいと考える相続人も多いため、やはり遺言執行者は専門家に依頼したほうがいいでしょう。

遺言執行者の報酬・専門家に依頼した場合の費用

執行手数料は遺産総額の1%〜3%が相場ですが、依頼する専門家によって幅があるため、あらかじめ確認しておきましょう。参考として、弁護士事務所の料金体系に近い「(旧)日本弁護士連合会弁護士報酬基準」における遺言執行手数料を紹介します。

内容弁護士報酬(手数料)の目安
基本的な遺言執行経済的利益の額により変動 300万円以下:30万円 300万円超~3000万円以下:2%+24万円 3000万円超~3億円以下:1%+54 万円 3億円超:0.5%+204 万円
とくに複雑または特殊な事情がある遺言執行弁護士と受遺者との協議により決定
裁判手続を要する遺言執行遺言執行手数料+裁判手続きに要する弁護士報酬
弁護士に依頼するコスト感とメリット感を明確に比較できます

まとめ

遺言執行者を選任すれば、相続手続きをスムーズに進められます。相続人を指定することも可能ですが、業務の複雑性・専門性を考えると、やはり弁護士などの専門家を指定したほうが安心です。遺言執行者についてお困りのことがある方は、ぜひお気軽に弁護士法人あさかぜ法律事務所へご相談ください。

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Yoshioka Makoto
弁護士法人あさかぜ法律事務所代表弁護士 「明けない夜はない」を胸に依頼者とともに。 相談の席で弁護士が真摯にお悩みを受け止めることで、心と体の重荷が解き放たれる。 癒えた心で法的助言を聞き、新たな未来の光を見つける。 その後、依頼者と弁護士が共に歩み解決へと導く。 明けない夜はありません。