相続人の間で平等に財産を分けるのではなく、何らかの事情によって差をつけたいこともあるでしょう。遺言書での財産分配は、支援する団体への寄付やお世話になった方への遺贈など、多岐にわたり自由に設定できます。その反面、推定相続人としては、自分に残される財産が少なすぎると生活に支障をきたしてしまうかもしれません。また、まったく関係のない他人へ財産を譲られるとなると、納得できないケースもあるでしょう。そのような場合に相続人を守ってくれるのが「遺留分」という仕組みです。
この記事では遺留分と遺言書の関係性について紹介し、遺留分対策や遺言書作成時の注意点を解説します。トラブルなくスムーズに相続手続きを進めたい方は、ぜひ参考にしてください。

相続手続きは遺言書の有無でかわる

遺留分と遺言書について理解する前提知識として、相続手続きの全体像について解説します。相続手続きは遺言書の有無によって流れが変わることがポイントです。

  • 遺言書がある:遺言書に従って相続手続き(特定の相続人にとって不利な場合もある)
  • 遺言書がない:遺産分割協議に従って相続手続き

遺言書が存在し、その内容がいずれかの相続人の遺留分を侵害するケースでは、遺留分侵害額請求が行われることもあります。この前提をもとに、遺言書と遺留分の関係を見ていきましょう。

遺言書の効力とは

遺言書は被相続人(亡くなった人)が自分の財産をだれにどのくらい渡すかを指定するものです。遺言書の法的効力は大きく、基本的に遺産は遺言書で決められているとおりに分けられます。遺言書を使えば家族以外にも、お世話になった人や支援する団体などへ財産を譲り渡せますし、極端なケースを挙げれば全財産を他人に渡すとしても構いません。なお、遺言書(普通方式遺言)には次の3種類があります。

遺言書の種類特徴
自筆証書遺言遺言書の全文・日付・氏名を遺言者本人が自書し押印する
公正証書遺言公証人が作成する 2名の証人が立会い、遺言者原本は公証役場に保管される
秘密証書遺言遺言者本人が署名押印した遺言書を封印する 封印した封筒に遺言書が入っていることを、公正証書で証明する

この中で実務上よく使われるのは「自筆証書遺言」「公正証書遺言」の2つです。「秘密証書遺言」については、ほぼ利用されていません。いずれの遺言書形式を採用したとしても、その効力に変わりないことは覚えておきましょう。
ただし、遺言書に効力を持たせるためには、法律で定められた要件をすべて満たしていなければなりません。たとえば自筆証書遺言の全文をパソコンで作成してしまったり、日付が漏れていたりすると、遺言書としては認められませんから注意してください。(遺言書が無効となった場合は、遺言書がないものとして遺産分割協議が必要になります。無効の遺言書に書かれている内容に相続人は全く拘束されませんので、「遺言書に私に土地を譲るって書いてあるのだからそれを前提にして協議を行うことが遺言を残した父の遺志でしょう!」と言った主張に法的根拠はありません。)

遺留分の効力とは

さて、遺言書には強い効力があり、全財産を他人に渡すことも可能と紹介しました。しかし相続人としては、いきなり財産の大部分を他人に譲られてしまうと生活に困ってしまいます。他人でないとしても、たとえば長男に全財産を相続させ、長女にはなにも財産が残らないとなると、不公平だと感じるでしょう。
このような事態を防ぐために、民法1042条1項において「相続人が相続できる遺産の最低保障額」が定められています。この最低保証額が「遺留分」です。反対に、被相続人が遺留分の制限を受けずに自由に処分できる分を「自由分」といいます。

遺留分が認められているのは兄弟姉妹以外の相続人、つまり次の方々です。

  • 配偶者
  • 直系卑属(子や孫など)
  • 直系尊属(両親など)

遺留分として認められている権利は、遺言書で奪うことはできません。すなわち、遺留分は遺言書より優先されるということです。なお、遺留分の対象となる財産は民法の1044条に規定されており、具体的な内容は次のとおりです。

  • 相続財産(財産から債務を控除した額)
  • 遺贈(遺言により譲られた財産)
  • 生前贈与(相続人に対する贈与は相続開始前10年間、相続人以外に対する贈与は原則として相続開始前1年間が対象)

これらの財産が遺留分を計算する対象、すなわち「遺留分の基礎となる財産の額」です。

遺留分の計算方法・割合

遺留分は次の式で計算されます。
遺留分の基礎となる財産の額×遺留分割合=遺留分額
具体的な遺留分額は、遺留分割合によって左右されるということです。遺留分割合については、まず法定相続人全体に割り当てられる「総体的遺留分」が定められています。総体的遺留分は「法定相続割合の1/2または1/3」とされており、残された相続人の状況によって異なります。相続人が直系尊属(親など)のみであれば総体的遺留分は法定相続分の1/3、それ以外のケースでは法定相続分の1/2です。
ここから各法定相続人に割り当てる「個別的遺留分」を計算します。個別的遺留分は「総体的遺留分を法定相続分で分けた割合」です。具体的な事例を、表を使って紹介します。

相続人の状況遺留分の合計 (総体的遺留分)法定相続各相続人の遺留分 (個別的遺留分)
配偶者のみ1/2すべて1/2
配偶者と子ども一人1/2配偶者:1/2 子:1/2配偶者:1/4 子:1/4
配偶者と子ども二人1/2配偶者:1/2 子:1/4 子:1/4配偶者:1/4 子:1/8 子:1/8
配偶者と両親1/2配偶者:2/3 両親:1/3配偶者:1/3 両親:1/6 (父:1/12・母1/12)
配偶者と兄弟姉妹1/2配偶者:3/4 兄弟姉妹:1/4配偶者:1/2 兄弟姉妹:なし
子(孫)のみ1/2すべて1/2
両親(祖父母)のみ1/3すべて1/3
兄弟姉妹(甥・姪)のみなしすべてなし

父母が二人とも健在している場合や、子どもが二人以上いる場合には、人数分で割った数字が各相続人個別的遺留分です。相続人が3人(配偶者A、子B、子C)の事例で遺留分侵害額を計算してみます。

条件

  • 配偶者A・子B・子Cが相続人
  • 遺留分の基礎となる財産の額は2,000万円
  • 遺言書により配偶者Aが1,500万円、子Bが300万円、子Cが200万円を相続

「配偶者と子ども二人」の状況のため、個別的遺留分は次のとおりです。

  • 配偶者A:1/4(500万円)
  • 子B:1/8(250万円)
  • 子C:1/8(250万円)

子Bは300万円像属していますが、子Cは200万円しか相続していません。つまり子Cには250万円(遺留分) - 200万円(相続金額) = 50万円の遺留分侵害額が発生しています。遺留分侵害額については、遺留分の基礎となる財産を自分の遺留分を超えて取得している人に対して請求できます。つまり上記のケースでは、子Cは配偶者Aと子Bの双方に遺留分侵害額請求できるということです。

遺言書で遺留分が侵害された場合の対応

さて、先ほどの計算事例のように、遺言書の指示に従って財産分割すると遺留分が侵害されるケースも少なくありません。遺言書で遺留分が侵害された場合の対応について、知っておきたいポイントは次の5つです。

  • 遺留分を侵害する遺言書も有効である(当然に無効にはならない)
  • 遺留分を確保したい場合「遺留分侵害額請求」(遺言は当然に無効にならないので)
  • 遺留分の支払いは金銭で行われる(民法改正前「遺留分減殺請求」との違い)
  • 遺留分侵害額請求権の消滅時効
  • 遺留分は放棄してもいい

それぞれのポイントについて詳しく解説します。

遺留分を侵害する遺言書も即無効にはならない

まず前提として、遺留分を侵害する遺言書も無効とはなりません。遺言書は故人の最後の意思を示すものであり、自分の財産をどのように処分しようとも遺言者の自由です(私的自治)。そのため、たとえば「全財産を共感するNPO団体に遺贈する」のように、家族に財産が1円も渡らないような遺言書であっても、遺言書の要件さえ守られていれば有効なのです。
従って、たとえ相続人としては納得のいかない遺言書内容だったとしても、まずは遺言書どおりに相続手続きが進められます。遺留分侵害とは、あくまでも「遺留分を侵害された相続人」と「遺産を多く受け取った人・団体」との間に発生する問題です。

遺留分を確保したい場合は「遺留分侵害額請求」

たとえ遺留分を侵害している遺言書だとしても、残された相続人が問題視しなければ、遺言内容を実現して遺言執行業務は終了です。しかし相続人として遺留分を確保したい場合は、遺留分侵害額請求によって遺産を多く受け取った人・団体へ遺留侵害額相当の金銭を請求します。(遺留分侵害請求の流れについては後述)

遺留分の支払いは金銭で行われる

2018年の民法改正により、遺留分侵害額の支払いについては金銭で行われることとなりました。法改正以前は「遺留分減殺請求権」という名称の制度で、相続人は「侵害された金額相当の物的権利を請求できる」制度として運用されていましたが、不都合も指摘されていたためです。物的権利の請求を認めていると遺留分として「不動産(所有権)の一部」を請求することも可能となり、トラブルを抱えている相続人同士の共有財産が生まれてしまいます。
このような事態を避けるため、民法改正により「遺留分減殺請求権」から「遺留分侵害額の請求権」へと制度内容が変更されました。現行では遺留分侵害額に相当する金銭を請求する運用のみとなっており、不動産や株式などを請求することはできません。

遺留分侵害額請求権の時効

遺留分侵害請求権の時効は次のように定められています。

  • 相続開始および遺留分侵害を知ってから1年
  • 相続開始から10年
  • いずれかの期間を過ぎたあとは、遺留分が侵害されていても請求権を失います。このうち、「相続開始および遺留分侵害を知ってから1年」の消滅時効は、とにかく期間が短くて消滅時効期間到来までが早くあっという間にやってきます。遺留分侵害を知っていても何も手を打たなければ0円です。この点は特に気をつけていただきたいと思います。

遺留分は放棄してもいい

遺留分が侵害されているからといって、必ずしも遺留分請求する必要はありません。実は遺留分は被相続人の生前・死後のどちらでも放棄できます。相続開始前(被相続人の生前)に遺留分を放棄する場合は、家庭裁判所の許可が必要です。被相続人が相続人に対して不当に干渉し、相続人の権利を害することを防ぐため、家庭裁判所が関与することとされています。
一方、相続開始後(相続人の死後)は「遺留分を放棄する」という旨を表明すれば、その時点で遺留分を放棄したことになります。なお、一人の相続人が遺留分を放棄したからといって、他の相続人の遺留分が増えることはありません。また、遺留分は一度放棄すると撤回できないため注意してください。

また、遺留分を放棄しても、他の遺留分権者の遺留分が反射的に増加する効果はありません(民法1049条2項「共同相続人の一人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。」)。
さらに、「遺留分の放棄」と混同しやすい概念として「相続放棄」がありますが、これらは全く異なる法的行為であることも覚えておきましょう。遺留分の放棄は、あくまでも侵害された遺留分については権利を主張しないということです。一方、相続放棄では被相続人の権利義務、つまりプラスの財産・マイナスの財産すべての承継を拒否します。なお、相続放棄をした場合は、他の共同相続人の相続分が反射的に増えることになります。

自分の遺留分を侵害する遺言書への対応(相続人向け)

さて、もし自分の遺留分を侵害する遺言書が残されており、遺留分侵害額請求を実施する場合には次のような流れになります。

  • 遺言の無効を主張する
  • 遺留分を侵害している人(財産を多く受け取った人)と話し合い
  • 家庭裁判所で調停
  • 訴訟提起

それぞれのステップについて解説します。

遺言の無効を主張する

遺留分侵害額を請求する前に、そもそも遺留分を侵害している遺言書が無効であると主張することも可能です。もし遺言書が無効となれば、法定相続分に従い遺産分割協議によって財産が分けられますから、自分の相続分を増やせます。

ただし先述したとおり、遺留分の侵害そのものは認められているため、それ以外の理由を見つけて遺言無効を主張しなければなりません。遺言書が無効となる代表例は次のとおりです。

  • 民法の形式要件を満たしていない遺言書
  • 遺言内容が不明確・不明確な遺言書
  • 遺言能力がない状態で作られた遺言書
  • 偽造された遺言書

これらの要素を根拠にすれば、遺言無効確認訴訟を提起して裁判所の判断を仰げます。遺言書に無効となるような要素が見つからない場合や、遺言者(被相続人)の意思を大部分は尊重したいという場合には、遺留分侵害額請求の話し合いへと進みましょう。

遺留分を侵害している人(財産を多く受け取った人)と話し合い

遺言書が有効である場合は、遺留分を侵害している人、つまり財産を多く受け取った人と話し合います。当初の話し合いに決められた方式はなく、侵害されている遺留分侵害額を請求したい意思を伝えるのであれば、書面でも口頭でも問題ありません。
ただし口頭だと証拠が残らないことが多いです。上記の通り消滅時効期間の経過までの時間が早いため遺留分侵害額請求を通知した事実をしっかり残す必要があります。そのため、内容証明郵便で通知することが実務上は一般的な方法になります。話し合いで解決し、相手が遺留分侵害額相当の金銭を支払ってくれるのであれば、その時点で問題は解決します。

家庭裁判所で調停

話し合いで解決しない場合はもちろん、そもそも相手が話し合いに応じてくれない場合は、遺留分侵害額の請求調停を家庭裁判所へ申し立てます。遺留分侵害額請求は訴訟の前に調停を申し立てることとされているためです。第三者である調停委員を交え、遺留分侵害額の取扱いについて話し合います。家庭裁判所での調停に必要な書類・費用は次のとおりです。

  • 家事調停申立書(及びその写し)
  • 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本
  • 相続人全員の戸籍謄本
  • 遺言書の写し(または遺言書の検認調書謄本の写し)
  • 遺産にまつわる証明書(不動産登記事項証明書、固定資産評価証明書、預貯金残高証明書など)
  • 収入印紙1,200円
  • 家庭裁判所との連絡用郵便切手

被相続人の子に死亡している方がいる場合は、その子の出生から死亡までの戸籍謄本も必要です。また、相続人に被相続人の父母が含まれており、その片方が死亡している場合には、死亡記載のある戸籍謄本も求められます。

このように遺留分侵害額請求に伴う調停には多くの書類が求められるため、準備が負担になるという場合には弁護士など手続きに慣れた専門家に頼ってください。

訴訟提起

調停で合意できない場合には、遺留分を侵害している相手方を対象に訴訟を起こします。請求する金額が140万円以下の場合は簡易裁判所、140万円を超える場合は地方裁判所が訴状提出先です。訴訟提起にまでなると、自分一人で対応することは難しいかもしれません。少しでも不安に感じる方は、弁護士などの専門家に相談しましょう。

遺留分を侵害する遺言書を残したい場合の対応

ここまで紹介したとおり、遺留分を侵害する遺言書を残すことは、相続人にトラブルを残すことにも繋がります。しかし「どうしてもお世話になった知人へ財産を渡したい」「長く面倒を見てくれた長女に多めに財産を渡したい」など、何らかの事情があって遺留分を侵害する遺言書を残すケースもあるでしょう。もし遺留分を侵害することを分かっているのであれば、次のポイントを意識してみてください。

  • 相続人へ自分の想いを直接伝えておく
  • 遺留分を放棄してもらう
  • 遺言書に付言事項を用意する
  • 相続財産を減らしておく

それぞれのポイントについて解説します。

相続人へ自分の想いを直接伝えておく

もっとも簡単な対策としては、あらかじめ相続人全員に対して、自分の想いを直接伝えておくことが挙げられます。たとえば老後の面倒を見てくれた長女に多めに財産を渡したい場合、他の子ども達にも事情を説明しておけば、全員が納得してくれるかもしれません。法的効力を持たせた遺言書を残すだけではなく、自分の想いを直接伝えておくことも重要です。

遺留分を放棄してもらう

より確実に遺留分トラブルを防ぎたいのであれば、相続人に遺留分を放棄してもらう方法も考えられます。遺留分は相続人の権利ですから、放棄を強制することはできません。

遺留分を放棄してもらう相続人に対して、相応の生前贈与などをしていれば、家庭裁判所からの許可も得やすくなります。生前に遺留分を放棄してもらうためには家庭裁判所が関与しますから、一度弁護士に相談してもいいでしょう。

遺言書に付言事項を用意する

相続人に対してメッセージを残すという観点では、遺言書に付言事項を用意することも有効です。遺産の分け方や財産目録などとは別に、遺言書を読む方に向けてメッセージ(付言事項)を記載するケースも少なくありません。

この付言事項には法的効力はありませんが、遺言書の意図が伝われば相続人同士の争いを避ける効果が期待できます。あくまで自分の気持ちを表明するだけですが、遺産の分配方法を決めた理由に加えて、争いごとは避けてほしい旨を書いておかれるといいでしょう。

相続財産を減らしておく

財産を与えたくない相続人の遺留分を減らす方法としては、そもそもの相続財産を減らしておくこともひとつの方法です。たとえば生前贈与で任意の相続人へ財産を渡したり、生命保険の掛け金を支払ったりして相続財産を減らしておけば、一定の遺留分対策効果は見込めます。
ただし、相続開始前10年間に行われた生前贈与は、遺留分の基礎となる財産に含まれます。(相続人以外への生存贈与は原則として相続開始前1年間が対象)そのため遺留分対策として生前贈与を行うのであれば、可能な限り早い段階で済ませておくことが重要です。

まとめ 遺留分と遺言書の悩みは弁護士へ相談

遺言書で指定されたとおりに相続財産の譲渡は執行されます。しかし一定範囲の相続人には遺留分が認められており、遺留分を請求する権利は遺言書で奪えません。そのため遺留分の範囲においては、相続人の権利が遺言書より優先されます。 ただし遺留分を請求するためには、財産を多く受け取った方との交渉や調停、場合によっては裁判まで対応しなければなりません。スムーズに遺留分侵害額請求を進めたい場合には、相続手続きに強い相続実務の経験豊富な弁護士に相談してみてください。